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歴史と自然科学が存在するありがたみ『一九八四年』

甘んじることでもなく、諦観でもなく、すがすがしく自らの変化を受け入れる主人公の、なんとも言えない幕引きだった。

結局、過去に起こった大半の出来事は我々は直接経験したものではない。何らかの記録や伝承や考古学の知見によって発見、再構築されていくもの。確かめたことがないのだから、それらの記録を改ざんしてしまえば何事もなかったことになるのだろう。

ある日主人公が意を決してパブで老人に語りかけた日、その老人は過去の記憶、改ざんされなかった記憶を引き出すことができなかった。人間の記憶とは作られたその状態のままを保存できず、心もとないものだと思わされた。

解体されたビル、テナントのいなくなった店舗、前に何があったかなんていちいち思い出せない。景色は変わって当然で、人はそれを当たり前に受け入れる。

自然科学にも同じことが言える。人間が想像力によって法則が導かれ、それを裏付ける観測が行われる。想像力、つまり精神があって初めて物質や現象が具現化する。地震、台風、天体の動き、自然現象は人間の認知の中に存在する。

人間の認知を外部化したものが、統計やデータベースであり、これらが常に整備されていることが、社会の進歩を担保するのだと思う。

多くの人にとって客観的な事実が存在すること、これ自体がなんともありがたいことなのだと感じさせられた。