Goodな生活

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鳥島:漂流の島とアホウドリを訪ねて

鳥島に行く

鳥島を見に行くツアーがある」と聞いてすぐ思い出したのは『漂流の島』という本だった。鳥島は東京から南に約600kmに位置する無人島であり、アホウドリの生息地であることや、ジョン万次郎が漂流したことでも知られている。この本は探検家である作者が、鳥島に現存する洞窟と漂流民の痕跡に迫ったドキュメンタリーである。文献やインタビュー調査等のプロセスと島への上陸から退出までの生々しい冒険譚が交互に描かれている。洞窟を発見した筆者の直感が、徐々に史実として検証されていく様子はとても爽快であり、また文章自体が素晴らしく、強く印象に残った本である。

鳥島へのツアー、とは商船三井客船「にっぽん丸」のネイチャークルーズである。東京湾を出発し、伊豆七島八丈島青ヶ島の左側を進み、鳥島を反時計回りに周遊する。有人島青ヶ島からさらに約650kmほど南下すると小笠原諸島に到達し、その間に人間が住める規模の島は鳥島しかない。まさに、絶海の孤島と言える。

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鳥島の位置(出典:wikipedia

鳥島クルーズの特徴

「にっぽん丸」の鳥島クルーズはこれが初めてではない。しかしコロナ禍直前の鳥島クルーズでは、島付近の海が荒れていたため接近しての周遊は叶わず、結局船長の判断により名古屋方面に向かったらしい。この意味で今回のクルーズは鳥島アホウドリファンにとっては待望の、積年の思いも募ったものだったのではないかと思う。

鳥島クルーズの特徴は、外海ならではのうねり、そして客層ではないだろうか。東京湾を南下し、横浜ベイブリッジの高架下をくぐり、浦賀を抜けるとすぐに太平洋に出る。外洋に出ると速度は30ノット(約56キロメートル)にまで上がる。波も高く、船内は時折まっすぐ歩けなくほど揺れる。7年前、インドネシアから東京に向かう船内を思い出した。多くの仲間が船酔い(sea sick)にかかり、冷えピタシートを額に貼った姿が浮かぶ。有人島から離れると電波も入らなくなる。周りには漁船やタンカーもいなくなり、デッキから見える夜の海は不気味である。文字通り暗夜行路を進む。

客層も明らかに違う。デッキに出ると倍率の高い巨大なカメラを抱えた人が目につく。首には双眼鏡、服装もウインドブレーカー、中には折り畳み椅子を持ち込む人もいる。観察と撮影に向けた準備に余念がない。陸地を横目に内海をのんびり進むクルーズとは違う。目的志向性が高く、レジャー感は少ない。

わずか40分のため

鳥島周遊当日は天候に恵まれた。11時半ごろから海上に鳥の姿が見え始めた。アホウドリである。時折水面近くまで下降する。餌を捕まえているのだろうか。12時頃には船頭の先に島の姿がはっきりと見えた。13時から14時にかけて島を一周する予定だ。少し曇っているが風は強くない。

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「にっぽん丸」から望む鳥島

鳥島は活火山の島である。火山の山頂部が海面の上に飛び出しており、これまでに何度か溶岩を流出させながらその形状を変化させている。海に突如現れた崖のような島だった。気象観測所の廃墟付近以外は絶壁が続き、果たしてこんな岩のような場所に上陸できるのか、上陸できたとしても島の内部の平のところまでどのように崖を進んでいくのか、遠くから見ただけでは皆目検討がつかなかった。『漂流の島』の筆者も上陸にあたりザイルのトレーニングを受けたと書いていた。それなりの登攀技術は必要だろう。

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アホウドリのコロニー

結局「にっぽん丸」は約40分ほどかけて鳥島を1周した。鳥島にはアホウドリのコロニー(居住地)が大きく2か所ある。気象観測所の近くと島の裏手である。望遠レンズを使うとたくさんのアホウドリが群がっているのが見えた。ヒナは黒く、成鳥は白い。所々直立した成鳥の形をした人形が見られるが、これは繁殖率を上げるために設置されたデコイと呼ばれる模型である。漂流民の洞窟跡は全く見分けがつかなかった。海面の近くに洞窟のような窪みが見えたが、これも果たして洞窟だったのかどうかは分からない。

デッキには撮影に勤しむたくさんの人の姿がある。私は特にカメラも所有してはいないし、普段からバードウォッチングを行うこともない。この僅か40分のために、往復約3日をかけて鳥島に向かう。遠い昔に米や材木の運搬中に遭難した日本人が流れ着いた島を、今こうして豪華客船の手すりに寄りかかりながら眺める。かつて人間が暮らした場所、廃墟、戦地、開発によって失われた町と聞くと、どうしても興味が湧いてしまう。特段何が分かった、ということもないが、来てよかったと思う。

11匹のねこが向かったのは

鳥島を後にすると、船は東京に向けた航路を進む。ふと船内の図書室で1冊の絵本に目が止まった。『11匹のねことあほうどり』。子供の頃何度も読んだ絵本に、実はアホウドリは登場していた。おなかをすかせたねこたちがアホウドリに案内され彼らの住む島に向かう話である。思わずページをめくった。確かアホウドリの現在の生息地は尖閣諸島鳥島だったではないか。だとするとこの絵本に登場するのはこのいずれかの島なのか。もしや鳥島か。まあ深く勘ぐっても仕方ない。今回は初めて生のアホウドリが見られたためよしとしよう。

日本の国土を再発見する

今回鳥島クルーズに参加し、改めて『漂流の島』を読み返した。エピローグはこれからの旅行のあり方を考えるための示唆を与えてくれる。コロナ禍が収まり、再び海外旅行に行ける日が来るにはまだ時間がかかりそうだ。見方を変えれば日本を旅するよい機会でもある。『漂流の島』の最後の章で、鳥島と漂流民の調査の一旦の終着を迎えた筆者はこのように書いている。

わたしの探検のフィールドがいつも外国になるのは日本に秘境がないという思い込みがあったからだ。確かに本土や離島(有人)に秘境と言える所はないに違いない。そして鳥島に関心を持つまで、わたしは日本の無人島にも同じ烙印を押し、探検の対象として意識してみることすらなかった。

六千八百を超える日本の島にはそれぞれ日本人が歩んできた足あとが残され、無人島にすらわれわれの知らないドラマが埋もれていることだろう。そこはわれわれにとっての秘境、いまだ知ることのない異境に等しい。日本人が再発見しなければいけない、新たな国土と言ってもいい。

身近なこと知っている気分になり、それ以上深堀しようとはしない。知らないと分かっていて知ろうとすること、知っていると思い込んでいて実は知らないもの。本当に知るのが難しいのは後者かもしれない。日本を知り尽くした、なんて日本人は後にも先にもいないだろう。向こう3,4年は離島を中心に旅をするのがよいかもしれない。日本人の知らない日本を理解することができるのではないかと考えている。

参考

漂流の島: 江戸時代の鳥島漂流民たちを追う

漂流の島: 江戸時代の鳥島漂流民たちを追う

11ぴきのねことあほうどり

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