
ネパールでのアンナプルナ・サーキット行を経て、マルファに滞在した際に河口慧海記念館を訪れた。館内の2階に置かれたいたのがこの本だった。中古で購入したが、謹呈と書かれたしおりに著者の高山先生の名前が書かれているが、本当に本人のものかどうかはわからない。映画「秘境ヒマラヤ」も見てみたい。
釈迦生誕地に巡礼した人々
- ヒンドュー並びに仏教の霊地ムクティナートに詣で、ツァーランという村に入った。ムスタンはネパール国内とはいえ当時なかば独立国で、王様がおり、チベット人たちの世界であった。
- 河口慧海のチベットに対する批判は厳しい。チベット仏教とくに旧教と僧侶を糾弾する。(中略)チベット人の欠点として、一、不潔、二、迷信、三、不倫理行の習慣(多夫一妻)、四、不自然的美術をあげる。
河口慧海と私
- 河口慧海の会(慧海忌)に参加するようになった。(中略)。私の記憶では、多田等觀、中根千枝、川喜田二郎、平山郁夫、深田久弥、山田無文、ペマ・ギャルポら各氏がみえ、話を伺った。
- 宇治にある黄檗山萬福寺は慧海が得度した黄檗宗の本山である。(中略) その境内には、慧海のチベット行きを記念して二本のヒマラヤスギが植えられ、今なお雄宝殿の前にそびえている。
ネパールへの旅
- インドや英国の最も強い山岳部隊として知られているグルカ兵は、もともとネパールの兵隊である。戦争中マラヤ、ビルマで日本軍と戦った兵隊なのである。
- 帙(ちつ、数冊の経本の一包み)の最終番号が275である。