昨年10月のキャリア設計ワークショップで会った人から教えてもらったもの。1月にkindleで購入して3ヶ月かかった。ジャレド・ダイアモンド、アセモグルのような自分の世界観?大局観をアップデートしてくれるような感じがする。テクニウムが人間に選択の機会を与える最後の章の内容は、生成AIの台頭する現在ならではの説得力がある。AIは身体の一部(脳)の拡張。誰にでもクリエイティブな仕事をさせる機会を提供するという点は言い得ている。あとは昔読もうととして途中で飽きてしまった『地球の論点』が何回も出てくる。今読むと違った見え方がするのだろうか。
第1章 私の疑問
- われわれの現在の生活は、より多くのテクノロジーがもたらす良さを享受したいが個人的にはその必要性を最小限にしたいという、相矛盾する大きな葛藤の狭間で揺れている。
- つまり生命もテクノロジーも、情報の非物質的な流れに根ざしているらしいのだ。
第2章 われわれ自身を発明する
- 料理をするという行為は、予備の胃、つまりより小さな歯や弱い顎の筋肉でより多くの種類のものを食べることができる、人工臓器を持つようなものだった。
- 現代の多くの狩猟採集部族においては、何も負っていないことは徳、それ以上に仁徳ともみなされる。つまり何も持ち運ばず、必要なときに必要なものを上手に作ったり手に入れたりできることが良いことなのだ。「効率よく備蓄してしまう狩猟者は、成功していても尊敬はされない」とマーシャル・サーリンズは言う。
- 気象学者の中には、 8000年前にはじまったこうした初期の人類による温暖化で、新たな氷河期がくいとめられたと言う人もいる。広く農業を行うことで自然の気候サイクルが改変されたこの温暖化がなければ、現在までずっと北極圏は凍ったままだったというのだ
第3章 第七界の歴史
- テクノロジーは身体の拡張だと考えることができる。
- 時計のデザインのイノベーションは風車の改良に刺激を与えたし、ビール醸造のために作られた炉は鉄鋼産業に役立ち、オルガン製作用に発明された機構は織機に応用され、織機の機構がコンピューターのソフトウェアを生み出した。
- テクニウムは他の六界とはいくつか重要な点で違う。まず他の六界の構成員と違い、テクニウムの種は地球上で最も短命だ。
- テクノロジーは少数の例外を除いて死に絶えることはない。その点では、いずれ必然的に絶滅する生物の種とは違っている。
第4章 エクソトロピーの興隆
- 太陽のような恒星のすばらしいところは、その核分裂による輝きを何十億年も維持していることだ。おまけにそれを、緑の惑星で起きている持続的なエネルギーの流れより低いエネルギーの割合で行っているのだ。
- ワシのような捕食者はエントロピーの浪費の頂点に立つ。
- エクソトロピーは波動でも粒子でもなく、純粋なエネルギーでも超自然の奇跡でもない。それは情報によく似た、非物質的な流れだ。エクソトロピーはエントロピーの否定形、つまり非秩序の反対なので、定義からして秩序の増加ということになる。
- エクソトロピーはいずれ量子力学、重力、さらには量子的な重力さえも巻き込むことになるかもしれない。
→エントロピーには熱(物質)と情報(非物質)両方の意味を有しているが、どちらも比喩にすぎない
- テクノロジーによってデータは毎年 66パーセント増加しており、どんな自然資源の増加率をも凌駕している。近隣の惑星やその彼方を静かに漂っている物質と比べてみれば、地球を学習と自己組織化の情報が厚く覆っているのがわかる。
- 初期の宇宙では物理法則のみが支配していた
- しかし宇宙が拡張し、同時にポテンシャルエネルギーが増加すると、情報、エクソトロピー、自己組織化といった、新しい非物質的なベクトルが生まれた。
第5章 深い歩み
- 未来が進歩をもたらすという考え方は、近年まで決して一般的ではなかった。
- 長期にわたって年間 1パーセントの改良を維持できるのだろうか。私はこのトレンドを証明する5つのものがあると思う。まずは一般人の長期にわたる、寿命、教育、健康、富の増加で、これは計測することができる。
- 写真家のピーター・メンゼルが世界中の家族を自分の持ち物に囲まれた状況で撮影する旅行を行った(地球家族)。
- スチュアート・ブランドは『地球の論点』の中の「都市型惑星」の章で、「都市はずっと富の創造者だ。これはずっと変わらない」と述べている
- 科学のためには、失敗を共有して乗り越える助けをしてくれる、ある程度の有閑人口が必要になる。
第6章 定められた実現
- 生物学者のリチャード・ドーキンスは「眼は動物界において 40回から 60回も独立して進化した」と推測しており、さらには「少なくともわれわれが地球上で知っている生命は、まるでしゃにむに眼を進化させたがっているように見える。(進化の)やり直しの統計サンプルが、結局は眼にたどりつくだろうと確信を持って予想できる。
- 人間はテクノロジーを使って、固定翼や回転翼の航空機を進化させるのに成功したが、実用的な羽ばたき翼はできていない。
- その個々の段階は偶然ではないことは明らかだ。こうした相似する道程を導いた本質的なものは共通の環境だろ
- 小さな動物はあっという間に死んでしまう。大きな動物はずっと生き続ける。動物が年をとる速度、つまりその細胞がエネルギーを燃やし、筋肉を緊張させ、懐妊して成熟する速度は、その寿命と大きさに見事に比例している。代謝率と心拍数はどちらも、その動物の体重に比例する。これらの定数は物理学と幾何学の基本法則と、エネルギー表面の最小化(肺や細胞の表面や循環の容量など)原理によって決まってくる。
- SF作家が他の生命を夢見るとき、よくケイ素が使われる。しかし現実には、ケイ素にはいくつかの大きな欠点がある。水素と結びついて鎖を作ることがなく、そのために誘導体のサイズが限られる。ケイ素原子同士の結合は、水中では不安定だ。さらにケイ素が酸化されると、二酸化炭素のような気体が吐き出されるのではなく、無機物が沈殿する。そのため拡散するのが難しい。ケイ素でできた生物が呼吸して吐き出すのは、砂のような粒だろう。基本的にはケイ素では乾燥した生物しかできない。基質が液体でなければ、複雑な分子が運ばれて相互作用することはない。たぶん、ケイ素でできた生命は灼熱の環境で暮らして、珪酸塩を融解しなくてはならないだろう。
- 不規則変異だ。野生の自然の中では、生き残って子孫を残せる者は、遺伝に作用する不規則変異によって自然選択される。つまり進化には方向性のない不規則な進歩しかないとされる。過去 30年の複雑適応系システムの研究から得られた重要な知見、つまり、自然選択の対象となる変異は不規則というわけではないという説とは正反対なのだ。
- 地球は近い軌道に大きな月を持っているが、そのおかげで自転が遅くなって 1日が長くなり、地球は長期的に安定した。
- 地球には磁気の核があり、それが宇宙線の防御壁を作っている。水や酸素を留めておくのにちょうどいい重力も持っている。表面の地殻は薄く、そのおかげでプレートテクトニクスによる撹拌が起きる。
第7章 収束
- シモントンは 2人による発見と、 3人、 4人、 5人、 6人による発見の数を対比して図にした。 6人による発見の数はもちろん少なかったが、発見数の分布パターンは正確にポワソン分布になった
- つまり、発明のニュースが公表されると、本来なら複数発見として報告されるものが放棄されるということだ。
- 先行研究と業績に非常に重きを置く科学者と違って、発明家は一歩先んじるために過去の研究を念入りに行うことはない。
- 多くの人がテクノロジー決定論は間違っている(事実としても倫理としても)と思うと主張する一方で、実際にはそういう行動はとっていない。必然性を理性的にどう理解するにせよ、私の経験ではすべての発明家やクリエイターは、自分の発明や発見が非常に同時性の高いものであるかのように振る舞っている。
- 新しいアイデアが抽象的なままでいればいるほど、より普遍的で同時的(何万人ものによって共有される)になる。
- 『アインシュタインその生涯と宇宙』
- 必要条件となる知識や道具が整ったときに、発見は事実上必然となる
- 後になってそのアイデアを支えてくれる環境が追いつけば成功する。グレゴール・メンデルによる 1865年の遺伝理論は正しかったが、 35年間無視された。彼の鋭い洞察が受け入れられなかったのは、当時の生物学者が抱えていた問題に解答せず、彼の説明が既知の機構では動いておらず、彼の発見は初期の理解者の手にすら余るものだったからだ。
- 途上国の数十億もの貧困層が安価な携帯電話を買って、工業時代の有線電話を長いこと待たずに横から追い抜いて行く事実を見ると、他のテクノロジーも未来に向かって大きく前進するのではないかという希望をいだかせる。
- エチオピアの病院をすべてコンピューター化する計画が頓挫したが、これは病院に信頼性の高い電源がなかったせいだ。
→リープフロッグと呼ばれる現象も結局は電力インフラの整備が前提になっているということか。
第8章 テクノロジーに耳を傾ける
- これほど真っ直ぐであるはずはないほどだ。こんな完全に真っ直ぐなゆるぎない航跡が、カオスのような世界市場や調整不能な過酷な科学競争を通して生じるのだろうか。ムーアの法則は物質と計算のそもそもの性質によって決められているのか、それとも、この安定成長は経済的な野望から生じた人工的なものなのか? ムーアとミードはともに後者が理由だと信じている。
- ムーアの法則は「まさに信念のシステムだ。これは物理学の法則ではなくて、人間の信念であり、人々が何かを信じると、その背後にエネルギーを集中させてそれを実現させてしまう」と言っている
- 飛行機では、機体のサイズも、飛行速度も、燃料効率も指数的に改良されていない。ゴードン・ムーアは、もし航空輸送のテクノロジーがインテルのチップと同じ進歩をしていたら、現在の商用飛行機は 500ドルになり、地球一周に 20分しかかからず、 5ガロンの燃料しか使わないで済んだだろうと冗談を言っていた
- 太陽電池のパネル(直線的な進歩のみ)や電池の効率が指数的な進歩をしないのも同じ理由だ。これらが大量のエネルギーを生み出したり蓄積したりするためだ。
第9章 必然性を選択する
- つまりテクニウムにおけるすべての新しい展開は、歴史的に先立つテクノロジーに左右されているのだ。
- 論議の余地のないような世界最先端の輸送システムの主なデザイン上の規格が、2000年以上前の2頭の馬の尻の幅で決められた」
- 個性
第10章 ユナボマーは正しかった
- ジュール・ヴェルヌは「潜水艦の出現で艦隊は無用のものになってしまうので、それが戦争を一気に食い止める原因になるかもしれないし、他の軍需資材がこのまま進歩すれば、戦争は不可欠になる」と言った
- 手を脳から切り離すことで、人間の精神に負担がかかった。実際に座ったままで高給をもらえるような仕事は、身体と心の健康にとって危険だ。
- 最終的な問題は、自称「文明の嫌悪者」が想像する文明破壊の後では、現在生きている人々のほんの一部しか養うことができないということだ。他の言い方をするなら、文明の崩壊によって何十億人もの人が死んでしまうのだ。
第11章 アーミッシュのハッカーから学んだこと
- 『電気なしに生きる』
- 進歩を止めたいわけじゃなく、その速度を遅くしたいだけだ」。彼らのゆっくりとした受容は示唆に富む。
- 「9年生になるとホルモンのせいで男の子や女の子の中にも、落ち着きのない子が増えて、机に座って事務的な作業などできなくなる。彼らは頭以上に手を使い、役に立つことをしたくてうずうずしている。その年には実際に何かをすることでもっと学習できる」。
- 抜け出る元がなくては抜け出ることはできない。
- アーミッシュは人間性を固定化する規則を作ることで、信じられないほどの満足を得ている。この現実の深い充足感は魅力的に繰り返されるので、アーミッシュの人口は各世代で倍になっている。
- しかし私は、アーミッシュや最小主義者は満足を新たな経験と交換しているのではないかと思う。
- 私も彼らと同様、何の利益もないのに多くの装置を抱え込んで一生保守したいとは思わない。私は時間をかけて、習得するのに値することを選びたい。役に立たない物は放棄したい。他人の選択を不可能にする物(殺人兵器など)はいらない。時間や注意力には限界があることはわかっているので、最小限の物があればいい。
第12章 自立共生を求めて
- 何でも食べるより菜食主義者のほうがアイデンティティーが明確なのと同様に、運転しなかったりインターネットを使わなかったりするほうが、通常の消費者よりもテクノロジーに対する立場が明確になる。
第13章 テクノロジーの軌跡
- われわれ人類の役割は、少なくともいまのところは、テクノロジーが自然に向かいたがる方向に、軸を合わせていくことだ。
- ニーバーの祈り
- 生命そのものを含むすべてのエクソトピー的なシステムに共通の何十という活動力と連合していく。テクノロジーの個別の表現が、エクソトピー的な特徴を多く持てば持つほど、その必然性と自立共生性は大きくなるという提案をしたいと思う。
- 生物間の差異を測る検証可能な方法がなく、その質問の枠となる複雑性の定義さえないのだ。
- 1993年にウィンドウズに含まれるコードの行数は400万から500万だった。2003年のウィンドウズのビスタではそれが5000万行になった(8)。それぞれの行に書かれているコードは、時計の歯車に相当する。ウィンドウズOSは5000万個の稼働部品でできている機械なのだ。
- 現在のコンピューターで使われているUNIXのカーネルのようなプログラムのコードが、これから1000年経っても使われている可能性がかなりあると信じていると打ち明けた(10)。それらはきっと2進数を使ったデジタルの細菌やゴキブリのようなもので、単純なテクノロジーはそのままの姿で使えるから生き続けていくのだ。それらはより複雑になる必要がない。
- 牛車が消えることはなく、世界のどこかで牛が生まれ続けるかぎり存在し続けるだろう。しかし牛車にはもう新しい需要がないので、驚くほど安定した発明でしかなく、時間が経っても変わることなく、まるでカブトガニのような存在
- 奇妙なことだが、世界的な均質化のおかげで、彼らが文化の多様性を発信できているのだ。
- 富裕層はどこに旅行に行くのかといえば、何らかの差異をまだ留めている場所へだろう。
- 鳥は食べるタネによって違った形にクチバシを特化させており、細いクチバシは小さなタネに、大きくふくらんだクチバシは固いタネに適応している。
- 現在のところコンピューターは、より機能を取り込んでより汎用機械になり、逆の方向に向かっているように見える。ある職業全体と労働者の道具がすべて、コンピューターとネットワークの仕掛けに飲み込まれてしまった。
- もう仕事場を見ても、どれもパソコンが並んでいるだけで同じに見え、どういう仕事をしている場所なのか見当がつかないし、90パーセントの従業員は同じ道具を使っているのだ
- 同じように、(大気中から炭素を除去する)炭素隔離のような矯正型のテクノロジーは理論的に決して遍在性を獲得できない
- 初期の利用者ができそこないの新製品を買ったお金が、もっと安くて良い製品の原資となる。後から買えば、さほど待たずに、非常に安く使える製品が手に入る。要は持つ者の資金が、後で持つ者のためのテクノロジー進化に使われているということだ。
- われわれがウェブやグーグル的なテクノロジーと、共生的な記憶を創造していることは明白だろう。
- このテクノロジーとの共生を怖いとか、ぞっとするとか感じる人もいるだろうが、それは大きな数の割り算をするのに紙とペンを使うこととそれほど違わない。ほとんどの普通の人にとって、大きな数を割るのにはテクノロジーの助けがなくては不可能だ。
- これが、われわれは自然の生物や物質に惹かれ、人工物に同じほどの輝きを与えられない理由だ(人間の顔の美しさは、まるで違った現象だ。理想的な顔の平均値に近づけば近づくほど、顔は魅力的に見える)。
- 1900年に歴史学者のヘンリー・アダムスはパリ万博を何度も訪れ、そこで新しい電気式ダイナモ、つまりモーターの展示場に足しげく通った。自分を第三者的に表現しながら、彼は自分の入信について語っている。
- それはアメリカにも当てはまる。コロンブスが遭遇することで、アメリカは世界地図に載せられ、それ以前に知られていた世界と結びつき、アメリカの持つ固有の知識体系は、ゆっくりと蓄積していく統一的に検証された知識の体系に統合されていった。コロンブスはふたつの知識の大陸を学問的な構造に結びつけ成長させたのだ。
- 世代を重ねれば、人間による流行りや経済状況という雑音は打ち消され、本質的な方向性がテクノロジーを導くようになる。
第14章 無限ゲームを遊ぶ
- ヘンリー・デイヴィッド・ソローは、自分の隠居しているウォールデンの沼を通る鉄道に沿って技術者が電信の線を張るのを見て、人間にとってこの技術者の大変な努力に見合うだけの重要なものがあると言える何かがあるだろうかと考えた。
- ヨーロッパ社会の底辺を支える法律の入念なシステムは、ソフトウェアの世界とあまり違わない。コンピューターではなく紙の上に複雑なコード体系が書かれているだけで、ゆっくりと公平さや(理想的な)秩序を計算している。つまり、われわれを良くしたテクノロジーはあるが、われわれを良くさせるものは何もないのだ。
- それではテクノロジーはどうやって個人を良くしてくれるのか。それは各人に機会をもたらす、ということでしかない。自分たちが生まれ持った才能を混ぜ合わせて優れたものにする機会、新しいアイデアや知性に出会う機会、両親とは違ったものになる機会、自分自身の物になる何かを創造する機会などだ。
- つまりわれわれは、テクノロジーの最良のものを増大させるという道徳的な義務を負っている。テクノロジーの多様性と範囲を大きくすると、現役世代の自分自身や他人の選択肢だけでなく、将来世代の選択肢も増やすことになる。こうして、テクニウムが何代にもわたって複雑性や美を向上させていく。
- ゲームの意味を拡張すること、すべてを賭けること、何も貯め込まないこと、あり得ないゲームのタネを宇宙に播くこと、もし必要なら以前に来たものをすべて超えることだ。
解説 テクノロジーは何を望むのか?
- さらに宇宙の歴史の変遷を、ビッグバンから星ができるまでのエネルギー主体の時代、銀河が形成され生命が生まれた物質の時代、それが物質性を失いながら情報主体の時代までたどりながら、それらを司る根本的な原理を自己組織化や複雑化、遍在化などの性質を持つテクニウムに求め、その方向性を「望む」と表現する。
