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経済学修士→環境コンサル→データサイエンス

【新しい山の楽しみ方】北海道・大雪山での登山道整備体験 #2 近自然工法のエッセンスを掴む

登山道整備体験の記事、第2弾です(第1弾はこちら)。今回は第1回のオンライン講習会について。プログラムの講師である大雪山・山守隊代表の岡崎哲三さんより,、今回実地講習を行う北海道・大雪山の登山道の荒廃の実態や、長年岡崎さんの実践されてきた「近自然工法」(施工方法)について説明をいただきました。

北海道・大雪山はどこにあるのか

大雪山系は約60km四方の面積を有する、日本最大の国立公園です。アイヌの人々にはカムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)と呼ばれあがめられてきました。旭岳を始めとする2,000m級の山が連なります。北海道の中心分、旭川と富良野のちょうと東側一体が大雪山系となっています。

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出典:大雪国立公園 層雲峡ビジターセンター(http://sounkyovc.net/visitorcenter/access

大雪山にはいくつかの登山口があります。今回は大雪山系の北部に位置する大雪高原温泉と愛山渓に集合し、付近の登山道を整備します。NHKのさわやか自然百景でも大雪山が紹介されています。山岳ガイドの方が層雲峡ロープウェイを出発し、北海岳にてテント泊を行い、最高峰旭岳に向かう道中を解説してくれています。

www.nhk-ondemand.jp

以下、講習会の中で特に印象に残った事柄について書いています。

登山道管理の視点

浸食の原因

登山道の整備には、技術よりもまずは現状認識が必要であり、実態としてどのような問題が起こっているのかを認識しなければいけません。プレゼンの冒頭で岡崎さんより「これからショッキングな画像をお見せします」と前置きがあり、大雪山の登山道が荒廃した様子が映し出されました。荒廃とは雨風による浸食や登山客の踏圧によって植生が削られているような状態です。大雪山は標高こそ2,000m前後の山から構成されているものの、緯度が高く、日本アルプスの3,000m級の山と似たような環境下にあります。このように標高が高く風の強い場所では背の高い植物の生育には適しません。大雪山の表面は樹高が50cm以下の矮性低木で広く覆われており、これら低木の間に登山道が作られています。元々植物の生えていた場所に登山道ができることで、植物と水と土壌のバランスが崩れ、浸食が進みやすくなります。浸食を理解する上で大事なのが次の2つの言葉です。

  • 凍結融解現象

霜柱が地表を削ることで浸食が進む現象です。霜柱は凍るときに土壌を持ち上げ、霜柱が解けるときに土壌はさらさらの砂地になってしまいます。砂地になった土壌は雨で流されてしまい、浸食が進みます。

  • ガリー浸食

ガリーとは「溝」の意味で、V字やU字に土壌が深く削られてしまった状態です。凍結融解現象が自然に起因する浸食であるのに対し、ガリー浸食は雨水や雪融け水など自然要因に加え、登山者によっても引き起こされる浸食です。オンライン講習会の後、北アルプスの薬師岳に登ったのですが、道中でガリー浸食の現場に遭遇しました。

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薬師岳(折立登山口から太郎平小屋までの道中)

両脇が大きく削られ、土壌がむき出しになっています。登山者一人がやっと通れるほどの狭い道でした。削られた部分には植物は生えておらず、今後も土壌が流れ、浸食が進むことが懸念されます。

日本の山の管理体制

大雪山には上述のような浸食が発生している箇所が多数あり、修繕の速度が追い付かないと聞きました。また外国人の登山客も増加する一方で、英語対応の案内板や清潔なトイレが整備されていなかったりと、登山道以外にも課題はあるそうです。山には「利用」と「保全」という2つの視点があると聞きました。国立公園である大雪山には、「利用」のためのルール・制限、つまり登山客を呼び込んでお金を落としてもらうという経済的な視点はあるものの、「保全」のための仕組みは整備されていないと聞きました。

私は外国人登山者と聞いたとき、思い当たることがありました。彼が日本の山をどう思っているのか気になっていたのです。3年前、マレーシアのキナバル山に登った際、行き届いた管理に感心したことを覚えています。入山者を制限するため登山はすべて予約制、1グループにつき1人の山岳ガイドは必須、道中にはトイレに加えて、ゴミ箱まで設置されてありました。入山料と併せて数万円のお金は払いましたが、山を適切に管理する制度がうまく運用されていたのだと思います。同時に現地の人にとってもキナバル山は、日常的に行く山というより高級レジャーのような位置づけなのかなと想像しました。

私の知る限り、日本の場合、基本的に入山に際しては料金は発生せず、山岳ガイドの同行も必須ではないと思います*1。 山が身近にありすぎて、そのありがたみに中々気づけないのかもしれません。今年の初めに修養団のみそぎ研修に参加し、日本の自然や文化をいかに継承していくか、という意識が強くなっていたためか、外国人登山客の話は印象的でした。僭越ながらも世界に恥じぬよう日本の山を整備したいという気持ちが芽生え、同時に他の国の山はどのように管理されているのか気になりました。

近自然工法とは

上述のような登山道の浸食の現状と、現行の管理体制を踏まえ、解決策の一つだと紹介されたのが「近自然工法」です。私は土木や建築のバックグラウンドが全くなく、もちろんこの言葉も初めて知りました。この近自然工法という施工は、故福留脩文先生が河川工事で実践されていた工法で、それを岡崎さんが登山道整備に取り入れられたとのことです。では近自然工法が何かと言うと「生態系の底辺が住める環境を復元させる」という考え方。後に段々と分かってくるのですが、施工方法の1つでありながら、重要なのは「近自然」の概念や考え方を理解することだったのです。近自然工法の説明はそこそこに、岡崎さんより具体的な施工事例について何件が紹介がありました。

近自然工法と土木の工法との違い

近自然、つまり自然に近しいと聞くと、だったら近自然ではないものは何なにかと気になります。遠自然かはたまた反自然か。近自然工法を理解するため、プレゼンの中で説明のあった土木の工法と対比させてみました。土木の工法は従前の公共工事等で行われてきた施工方法です。

特徴 コスト
近自然工法 ・自然に近づける
・自然に近い資材・方法を使う
・設計図なし(現場の状況に合わせた施工)
・経験や知恵や感性に依る職人技術
ボランティアによる木材の荷揚げ、
現地の資材の活用などにより安く済む
土木の工法 ・従前の施工方法
・あらかじめ作成した設計図に合わせた施工
・施工の途中で土壌や植生が失われることもある
(自然への感性の欠如)
資材の引き上げにヘリを使用すると数百万かかる

決して土木の工法が悪いという訳ではないのですが、状況によっては適さないことも少なくないことが分かりました。行政の予算の使い方をイメージすると当たり前かもしれませんが、予算を使う以上はあらかじめ設計図や資材や工数を明確に決め、経費の見積もりを行わなくてはいけません。浸食の現場を確認し、状況に応じて施工方法を変えていては、発注者も受注者もリスクが高すぎるでしょう。また木材や石などの資材を現地を調達することも難しいと思います。あらかじめ必要な量を決め、然るべき順番でそれらを組み立てていく。この結果、施工の過程で必要以上に土壌を削ってしまったり、一見違和感のある城壁のようなオーバースペックな施工物が完成してしまうこともあると聞きました。

土木の技法を「理性」とするならば、近自然工法は「感性」の世界です。浸食の状態を確認し、周りの自然、景観との調和(バランス)、現地で手に入る資材、人間以外の生物への配慮を行いながら施工物の完成系をイメージします。そうですイメージです。設計図をベースにするのではなく、イメージや感性を重視するため、人によって思い描くものが違ってきます。大雪山の技術指針の作成時に「(標準性や客観性が求められる)技術指針に"感性"という語句を入れ込むことができなかった」と、岡崎さんも振り返ります。

コストについては施工現場によって千差万別であるため一概に対比をすることが難しいのですが、近自然工法の方が比較的安く済むのではないかという印象を持ちました。もちろん近自然工法にもチェーンソーや各種運搬資材などの設備は必要ですが、施工現場付近で木材や石材を調達できると、外部の業者に発注する必要はなくなります。またボランティアとして登山者の方に協力してもらい登山口から施工現場まで荷揚げを行うこともできます。この場合、資材費はともかく人件費をどのようにカウントするかが難しいところですが、多額の資金を使ってヘリで運搬するよりも、例え小規模な施工であっても登山者と協力して登山道を整備する方が、持続的な方法なのかなと思いました。

近自然工法についての概要を掴んだところで、今回の記事はおしまいです。次回は7/17㈯~18日㈰の第1回実地講習の様子を書きます。
読んでいただき、ありがとうございました。

*1:確か富士山では入山料を支払った記憶があります