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北海道・大雪山で学んだ登山道整備の意義

2021年7月~9月にかけて北海道・大雪山での登山道整備プログラムに参加しました。

登山道整備とは

登山道整備は、登山道を整備し、登山者が安全かつ快適に登山できる環境を整備・保全する活動です。具体的には、以下のような作業が含まれます。

  • 登山者による踏跡の修復
  • 登山道の周りに生えた草木の刈り込み
  • 損傷した木道や橋梁の修復
  • 分岐点や注意箇所に必要な標識の整備
  • ゴミの清掃

大雪山での登山道整備に参加した経緯

私は普段の登山で使用しているYAMAPアプリの通知で、大雪山の登山道整備プログラムの存在を知り、参加を決めました。受講料は合計で 160,000円(税込)と高額でしたが、好奇心が勝り、早くしないと定員が埋まってしまうのでないかとも思ったため、すぐに参加を決めました。定員は15名でしたが、コロナの影響でキャンセルが出たため、結局参加メンバーは7名でした。

大雪山系は約60km四方の面積を有し、旭岳を始めとする2,000m級の山が連なる日本最大の国立公園です。アイヌの人々からはカムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)と呼ばれ、崇められてきました。北海道の中心部である旭川と富良野のちょうど東側一体が大雪山系となっています。今回のプログラムの実地講習では大雪山系の北部の大雪高原温泉および愛山渓に集合し、付近の登山道を整備しました。

出典:大雪国立公園 層雲峡ビジターセンター(http://sounkyovc.net/visitorcenter/access

私は道外からの参加であったため、実地研修時には前日に飛行機移動をしなければならず、仕事とのスケジュール調整が大変でした。

このプログラムは、YAMAPとクラブツーリズムが共催しており、オンライン講習6回、大雪山での登山道整備の実地講習3回で構成されています。実地講習の講師は、一般社団法人大雪山・山守隊の代表である岡崎哲三さんでした。

https://pages.yamap.com/dfe68cc44e9d40b6bf9d78f0da60e81bpages.yamap.com

登山道整備プログラムの内容とスケジュール

プログラムは3回の実地講習と、その前後で各2回のオンライン講習を行います。プログラムには私と同じ参加者と、YAMAPとクラブツーリズムの担当者、講師の岡崎さんを始めとするゲストの方が参加します。オンライン講習では実地講習の事前オリエンテーションや、実地講習の振り返りを行います。

日時 場所 内容
7月7日㈬
19:30-21:00
オンライン ・ 大雪山登山道荒廃の現状
・ 登山道整備方法の紹介
7月17日㈯~18日㈰ 大雪高原温泉周辺 第1回実地講習
7月21日㈬
19:30-21:00
オンライン 第1回実地講習の振り返り
8月4日㈬
19:30-21:00
オンライン ・登山道整備イベント開催のための準備
・公共工事と近自然工法
8月7日㈯~8日㈰ 大雪高原温泉周辺 第2回実地講習
8月11日㈬
19:30-21:00
オンライン 第2回実地講習の振り返り
9月1日㈬
19:30-21:00
オンライン 登山道整備参加で得られた気づきの共有
9月11日㈯~12日㈰ 愛山渓・裾合平周辺 第3回実地講習
9月15日㈬
19:30-21:00
オンライン プログラム全体の振り返り

オンライン講習の振り返り

大雪山の登山道浸食と管理体制の課題

大雪山の表面は樹高が50cm以下の矮性低木で広く覆われており、これら低木の間に登山道が作られています。元々植物の生えていた場所に登山道が作られたことで、植物と水と土壌のバランスが崩れ、浸食が進みやすくなった結果、登山道の多くの箇所で浸食(雨風による浸食や登山客の踏圧による植生の切削)が生じています。この侵食・荒廃に対する修繕の速度が追い付いていないのが現状です。

薬師岳(折立登山口から太郎平小屋までの道中)での浸食

また増加する外国人登山者のための英語対応の案内板や、清潔なトイレの未整備といった課題もあります。山と登山者の関わり方には「利用」と「保全」という2つの視点が必要です。しかし大雪山には前者の「利用」のためのルール、つまり登山客を呼び込んでお金を落としてもらう経済的な視点はあるものの、「保全」のための仕組みが整っていません。

近自然工法と土木工法

登山道の浸食と管理体制の現状を踏まえ、登山道整備の現場で取り入れられたのが「近自然工法」です。福留脩文氏が河川工事で実践した工法を、大雪山・山守隊の岡崎哲三さんが登山道整備に応用しました。近自然工法は「生態系の底辺が住める環境を復元させる」考え方に基づく生態系の保全に配慮した工法であり、「近自然」の概念を理解することが重要です。講習の内容を元に、近自然工法と従来の土木工法を比較しました。

特徴 コスト
近自然工法 ・自然に近づける
・自然に近い資材・方法を使う
・設計図なし(現場の状況に合わせた施工)
・経験や知恵や感性に依る職人技術
ボランティアによる木材の荷揚げ、
現地の資材の活用などにより安く済む
土木工法 ・従前の施工方法
・あらかじめ作成した設計図に合わせた施工
・施工の途中で土壌や植生が失われることもある
(自然への感性の欠如)
資材の引き上げにヘリを使用すると数百万かかる

従来の土木工法は設計書を基に施工する「理性的」な方法です。一方、近自然工法は「感性」を重視した工法で、浸食の状態や周囲の自然環境、現地で手に入る資材、生態系への影響を考慮しながら、現地で完成形をイメージして施工します。コストについては施工現場によって異なりますが、近自然工法の場合は資材調達や運搬費用が削減でき、登山者のボランティアによる協力も期待できます。これにより外部資金に依存せずに整備を続けることが可能です。

近自然工法は、従来の土木工法と比較して、自然との調和を重視し、またコスト的にも安く済む可能性の高い整備方法だと言えます。

実地講習の振り返り

石積みの難しさ

3回の実地講習に共通して、登山道の階段を作る「石積み」が難しかった。第1回の講習では、登山者が足を乗せる表面が平たくになるよう、地面に石を敷き詰めました(下記写真参照)。石を安定させようとすると、つい石の平らな部分を裏面にし、地面にしっかりと設置したくなります。ところがこの置き方だと、石の凹凸が表面に来ることがあり、その場合歩きにくい道となってしまいます。これを避けるため、石の平らな部分を表面にしようとすると、石がバランスを崩しかえって不安定になることがあります。ここで大事になるのが複数の石を組み合わせて安定させる方法です。石は単体で安定するのではなく、一見地面に対して凹凸があり不安定に見えても、隣の石とかみ合わせて使うことで安定します。石同士の接点は3点あれば止まる(安定する)ため、いかに複数の石を組み合わせて、平たい表面を造るかがポイントでした。説明を聞いたときは目から鱗だったたのですが、実践しようとするとなかなかうまくいきませんでした。

石積みを終えたら土砂をかぶせ、表面を平にする

現場での役割分担の難しさ

役割分担の難しさが、もう一つの問題でした。ある施工現場では、作業を進める中で一部の参加者が忙しく作業する中、他の参加者が次に何をすれば良いかわからず、待ちの時間が生まれてしまいました。これはその場その場での資材や景観を意識しながら工程を進める近自然工法だからこそ生じる問題だったかもしれないですし、ましてやそれを数日間の体験プログラムだけを通して修得することはできないと思います。ただし、どんな施工現場であれ、全く同じ作業を複数人が行うことはほとんどないので、作業を先読みして役割分担を決め、完成形に対するイメージを共有しながら、徐々に落としどころを見つけていくのが必要だと感じました。月並みな表現かもしれませんが、自然や人との対話が大事だと感じました。

登山道整備プログラムを通じて得られたもの

ピークハントだけではない登山の楽しみ方

このプログラムに参加したことで、ピークハント(登頂)に囚われない登山の楽しみ方を知ることができました。以前は、目的地である山頂を目指し、天候などの制約条件の下でコースタイムや準備物を工夫しながら景色を楽しんでいました。山頂に行ってそれで終わり、ではなく、登山道を味わいながら、少しゆっくりしたペースで歩くようになった。また整備してくれた人たちへの感謝も強くなりました。初めて歩く登山道であっても、それが「良い登山道」なのか「いまいちな登山道」なのかを見分ける目が少し養われた気がします。

デジタル化の進展と自然とのつながり

2020年には新型コロナウイルスの影響でリモートワークが一般的になり、社会全体のデジタル化が進みました。人々は物理的に移動しなくても、オンラインでのコミュニケーションや業務をこなすようになりました。しかしこのデジタル化の進展は、人と社会とのつながりを希薄にする寂しさを生んだことも確かだと思います。その一方で、緊急事態宣言下においては、外出自粛を余儀なくされたため、公園や河川敷には多くの人が訪れ、人々が自然とのつながりを渇望しているように思えました。

このような中、登山道整備には自然とのつながりを深める可能性があると感じます。整備を通して山と接することで、単に一利用者として登山するのではなく、大げさな言い方をするとその山の一部になったような感覚が得られました。今日も自分たちが手がけた登山道が誰かに使われているはずです。大雪山とはこのプログラムのおかげでつながりが得られたため、今後も何らかの形で、できれば年1回は訪れたいです。