Goodな生活

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『キム・フィルビー』誰からも信用されながら誰も信用しなかった男

『KGBの男』に続き、同著者ベン・マッキンタイアーの『キム・フィルビー』を読んだ。英国MI6の一員であり、冷戦下ではMI6ワシントン支局長まで勤めたものの、長年にわたりソビエトのスパイだったことが明らかになった、キム・フィルビーのドキュメンタリーである。『KGBの男』とは異なり、『キム・フィルビー』では東西のイデオロギー対立にはさほど焦点は当てられず、彼の人間関係から人となりを説明するようなスタイルが取られている。そのせいか彼の支持した思想や信条は一体何だったのか、よく分からないまま読み終わってしまった。

キャリアの終盤、二重スパイであることが報道されフィルビーはソビエトに亡命する。しかし彼は根っからの英国人であり、ソビエトに馴染めなかった。英国の特権階級の打破を標榜しながら、その階級に属する恩恵を受け続けたフィルビー。彼が惹かれたものは何だったのか。ケンブリッジ在学時に共産主義に傾倒した記述はあるものの、彼がソビエトに忠誠を誓うようになったきっかけはついに分からずじまいだった。このつかみどころのなさが彼の形容詞である「魅力」の根底に横たわっている。

フィルビーはベイルート滞在中、ながらく接触のなかったソビエトKGBと思われる人物からの接触を受け、彼と面会することを決意する。

後にフィルビーは、この決断はイデオロギー的なもので、二二歳のときに誓った「ソヴィエト連邦への全面的な献身」に沿うものだったと述べている。本人いわく、人生を導く指針である純粋な政治的信念から、そのように行動したというのである。彼はスターリン主義の恐怖を目にして逃げ出したものたちを軽蔑していた。「革命の原理は個人の逸脱よりも永続するという確固たる信念に基づいて私は踏みとどまった」と書いている。フィルビーは後に、自分は不信の時期を経験し、考えが「人生で起きた恐ろしい出来事に影響を受け、ときに荒々しく修正された」と述べている。しかし、彼がケンブリッジ大学で初めて触れたイデオロギーに疑念を抱いたり、意見を変えたり、現実の共産主義体制で不正が横行しているのを真剣に認めたりした証拠は何一つない。フィルビーは自分の考えを、味方であれ敵であれ、打ち明けたり論じたりしたことはない。その代わり、聖職者も信者仲間も必要ない信仰を、完全に孤立したまま守り、維持していた。フィルビーは自分を、特定のイデオロギーを支持し、それに忠誠を尽くすものと見なしていた。だが現実には、彼は独断的であり、尊重した意見はただ一つ、自分の意見のみであった。
 しかし、フィルビーがKGBの傘下に戻ろうとしたのには、政治以外の理由もあった。フィルビーは欺瞞が楽しかったのである。