Goodな生活

経済学修士→環境コンサル→データサイエンス

沖縄の軍用地をどう捉えるか『沖縄現代史』『沖縄問題』

那覇市街に並ぶ軍用地の看板

昨年沖縄を訪れた際、初めて「軍用地」というものの存在を知った。那覇空港から那覇市街に向かう道路の脇に、軍用地取引の看板がいくつも並んでいた。それ以来、Yahooニュース等でも軍用地の話題を目にする度に一度勉強してみたいと思っていた。軍用地とは米軍基地や自衛隊基地として利用される土地を指す。元々個人所有だった土地を国が借り上げ、地主には借地料が支払われる。土地が返還されない限りは、毎年一定の借地料が手に入るため、不動産投資のように軍用地の権利が売り買いされている。これが那覇市街に並ぶ看板にあった軍用地取引である。

今回沖縄に関する新書をまとめて3冊読み、軍用地に関する記述のうち印象に残ったものをメモする。
産業育成の阻害、基地返還の賛成派と反対派、基地返還後の再開発、沖縄に関する様々な文脈で、ある時は制約、経済的恩恵、機会損失として軍用地は登場する。今回沖縄に関する新書3冊をまとめて読んだ。ので、印象に残った点をメモしておく。

軍用地料とサトウキビ価格

軍用地は借地料という確実なリターンが得られる反面、沖縄の産業育成の阻害要因ともなりうる。新崎(2005)は、1973年の沖縄県の日本復帰後の、日本政府による軍用地対応の矛盾点とそれが引き起こした問題を指摘する。特に興味深いのは同一面積あたりの軍用地料とサトウキビの買い上げ価格だった。

米軍支配時代、米軍用地は、琉球政府が個々の軍用地主と賃貸借契約を結び、米軍に賃貸するという形式をとっていた。当然、最終的な財政負担はアメリカ側が負っていた。ところが、復帰によって、安保条約や地域協定にいう「施設及び区域」(米軍用地)の提供は、日本政府の義務になった。

日本政府は、復帰と同時に軍用地使用料を平均6倍、協力謝礼金というつかみ金を含めれれば6.5倍に引き上げた。すでにドル危機にあえぐアメリカには真似のできない方法であった。一夜にして軍用地使用量を6.5倍に引き上げるという乱暴な政策は、復帰後の沖縄の局地インフレを加速させ、経済的混乱の一因をつくることになるのだが、それは政府の政策自体としてみても、大きな矛盾をはらむものであった。

政府は、沖縄農業の基幹作物としてサトウキビを重視し、その買い上げを行っていた。復帰の翌年、1973年のサトウキビの生産額(農林省買い上げ額)は約138億円、収穫面積は、2万3360ヘクタール。これに対し、軍用地料は、約182億円。米軍用地のうち軍用地料の支払いを必要とする民・公有地は約1万8670ヘクタールとされていたから、1ヘクタールあたりの軍用地料は97万円、サトウキビは59万円になる。

軍用地は軍用地のままのほうが「稼ぎ」がよく、農地として耕作する方が損になってしまうのである。

県内産業が育たない理由の一つとして、沖縄経済の基地依存は頻繁に引き合いに出される。管理・運用コストなしに確実な賃料が得られるならば、地主は土地を貸し続けるだろう。貸せば収入が確保できる土地をサトウキビの栽培に使うのは機会損失だとの見方もできる。しかし、この損失はあくまで相対的なものである。第一次産業の割合が1%強の沖縄は、そもそも農地利用に適さず、付加価値の高い作物の栽培も難しいかったのではないか。米軍への土地の貸与と耕作は利回りが等しいオプションではなく、リスクを見込んだ上で日本政府が沖縄の産業保護のために付けた値段は軍用地料を下回るものだった、と理解するのがよいのではないか。

日本政府は復帰後の軍用地使用料の引き上げにより、米軍占領時に軍用地を巡り(琉球列島)米国民政府と対立したグループを懐柔し、基地維持派へと変容させた。(潜在的な)不満分子を抱き込み、基地の返還派と維持派との分断を生むことで統治を可能にした。これは沖縄の基地問題に関わらず、世界の多くの国・地域で行われる統治のあり方とも重なって見える部分がある。対立は解決するものであると同時に、何らか仁一的に引き起こされたものでもあるのだろう。この政策の副作用として経済的な混乱(局地インフレ)がもたらされた。

再開発の経済効果

沖縄県の日本復帰後、米軍の軍用地は返還が進んでいる。変換された軍用地はどのように開発されたのだろうか。櫻澤(2015)は返還後の軍用地の再開発の結果、軍用地収入を上回る経済効果が得られた事例を紹介している。

沖縄県は 06年度に野村総合研究所・都市科学政策研究所に委託して「駐留軍用地跡地利用に伴う経済波及効果等検討調査」を行った。報告書の内容に基づき、沖縄県が行った試算は、その後、県民の意識を大きく転換させる。 その試算では、那覇新都心地区、北谷町北前地区、小禄金城地区という具体的な事例を挙げ、返還後の開発によって軍用地料を含めた基地関係収入の数倍の経済効果がもたらされ、雇用も劇的に増加したことが示されていた。

経済的に基地依存はやむを得ないという理屈は、沖縄県内ではすでに現実味を失ってきている。沖縄は基地があるがゆえに豊かな生活ができるという主張は、県内所得や失業率が長く全国最下位であり続けてきた一方で、返還地域の再開発が経済効果をもたらしている事実によって、空虚なものとなっているのである。

那覇新都心は那覇市の北側に位置するニュータウンで返還前は米軍の住宅街だった。周囲を幹線道路に囲まれた約200ヘクタールの広大な土地である。現在は商業施設やいくつかの高層ビルも立っており、土地区画整理事業の好事例だと言われている。高良(2017)は那覇新都心の再開発について次のように説明する。

日本の安全保障のために提供された米軍基地という状況は生産的な土地利用ではなく、それに比べると民生的な土地利用のほうが需要は高い、という側面に着目しなければならない。しかしそれ以上に、沖縄本島中南部地区の市街地または市街地に近い返還軍用地は、そもそも開発のポテンシャルがきわめて高いという点を重視すべきである。

櫻澤(2015)、高良(2017)は軍用地が経済発展を阻害する負の側面というよりも、いかに返還後の開発を行うべきかというポジティブな面に視点が向けられていた。「基地経済への依存」などという批判論調は既に古いものなのかもしれない。元米軍陸軍基地の那覇軍港(那覇港湾施設)も返還が決まっており、今後どのように民生利用されるのかは興味深い。櫻澤(2015)、高良(2017)で紹介された野村総研の報告書では、経済効果を生む再開発の前提として県内経済の拡大・県内他地域からの那覇市への需要移転が想定されている。この那覇市の人口・需要増という傾向は、住宅問題という新たなイシューを生んでいる。

基地返還は住宅問題の解決策となるか

高良(2017)は返還跡の土地利用と併せて住宅問題を取り上げる。特に那覇市は人口密度が高い。東京や大阪に匹敵する大都市、とも言える。那覇在住の方に、那覇では慢性的に住宅は不足しており、それゆえ家賃も下がらないと聞いた。また一人当たりの居住空間が狭い。築年数の古いアパートの場合、5階以上の階層にもかかわらず、エレベーターのついていない建物も散見される。ゆいレールからの車窓からは、アパートの高層に住む老人が郵便物を確認するため急な階段を上り下りする姿が見えた。

しかし、 住宅地地価については、従来から沖縄県では米軍基地の存在によって可住地面積が小さいことから、九州でも福岡県に次ぎ地価が高いと指摘されてきた。地価の下落はその程度にもよるが、基地返還によって適正な地価に落ち着くのではないか、との考え方も ある。賃貸 住宅が東京都並みに多い沖縄県では、地価の下落によって持ち家が増えることになれば、新規の住宅地需要につながるほか、ゆとりのある敷地の取得も可能となるのかもしれない。

新たな産業や企業誘致と併せて、住宅地供給としての有効利用も期待できるかもしれない。引き続き沖縄の社会問題には注目したい。