Goodな生活

経済学修士→環境コンサル→データサイエンス

「志は何か」と聞かれ

f:id:good_na_life:20210512143205j:plain

君の志は何か

2021年5月初頭、ある政治家の方と話をする機会があった。連日事務所にお邪魔させていただき、訪問の最終日、会話の中で「志は何か」という話になった。

事務所に通ううちに、その方が政治家を志すようになったきっかけや、実現したい制度・政策、日々の議員活動や自信の研究について、断片的に話を聞いていた。

政党や思想、大局的な国家観を持つことも大事である。しかし大局とは個人の想いの集合でもある。自分は一人の政治家の方との出会いを通じ、政治というものが何か理解を試みている。

志とは何なのだろう。思い浮かんだ答えは2つだった。

1.日本の伝統を理解し、それを未来に継承すること。
2.自殺のない社会を作ること。

伝統の理解と継承

今年2月に伊勢神宮を訪れたことがきっかけで、日本の伝統への関心が高まった。中でも「やまとことば」に強く惹かれている。中国大陸からもたらされた漢語ではない、日本古来の音としての言葉。この音の力を、データサイエンスの技術を駆使して、何らかの形で継承できないかと思っている。思っているだけ。具体案があるわけではないのだけれど。

併せて、教育のあり方を提言したい。GHQによる教育政策の一環として、神道を始めとする日本古来の教えは指導要綱に含まれなくなってしまった。学校教育とは違う形で、何らか教育に携わりたい。

そのためにはまずは自分が日本の伝統を、日本人が何者を理解する必要がある。

泡盛の古酒づくりの手法に「仕次ぎ(しつぎ)」と呼ばれるものがある。一番古い酒を親酒とし、取り出して飲んだり、蒸発して減った分を、次に年数の古い酒、またその次に年数の古い酒の順に継ぎ足していく。ただ酒を寝かせるのではなく、少しずつ若い酒を足すことで、親酒が活性化し、美味しい古酒が出来上がる。年数の近い酒から順に足すのは、いきなり成分の異なる若すぎる酒を入れると、うまく活性化できないからではないか。

古酒に限らず、何かを革新するということは、その前提として保守的な姿勢があってのこと。伝統を理解し、それを継承するためにできることを考える。

自殺のない社会

もう一つは自殺のない社会を作ること。もちろん自殺は個人の選択の結果だと割り切ることもできる。生きる自由もあれば死ぬ自由もある。でも命を粗末にすることを肯定はしないまでも、仕方ないと割り切ってしまえる社会が健全だとは思わない。自由が故に選ばれた行為が正しいとは限らない。

大学生の時に自殺に関する本を読んだことがある。デュルケームの『自殺論』、澤田康之先生の『自殺のない社会へ』の2冊。

社会を連帯の強弱によって分類化し、自殺者を生みやすい構造に迫る前者、多変量解析によって自殺率に影響を及ぼす要因の特定を試みる後者。自分が触れた自殺はあくまでも学問だった。客観的な立場からそれが生まれるメカニズムや関連する要素を知ろうとしたのだと思う。

死にたいと思う人の内情に迫るアプローチもあったのではないかと思う。それはビッグデータではなく、ナラティブなものだろう。しかし当時も今も、臨床心理やカウンセリングには興味が湧かない。自殺の起こる社会が健全ではないと思いつつ、悩む人に寄り添おうなんて微塵も思わない。矛盾した自分がいる。

命を絶つ理由を思いつく限り挙げてみる。貧しさ、理解されなさ、生きづらさ、ストレス、病み、マイノリティであること、政治、宗教、いじめ。日本の若年層の死因順位の第一位は自殺だ。日本人にとっては切っても切れないテーマだ。

どうやったらこれを防ぐことができるのだろうか。つまるところ多様性という言葉に行きつくのか。自分の持つ偏見を捨てるのか。でもそうやって相対化を繰り返した先に何があるのか。

伝統と多様性の間

ここまで書いたところで、伝統と多様性はどのように関係するのかが気になった。相反するものなのか、共存するものなのか。これらの関係をうまく言語化することができれば、もっとうまく自分の生き方を説明できる気がする。気がするだけ。

参考文献

自殺論 (中公文庫)

自殺論 (中公文庫)

自殺のない社会へ

自殺のない社会へ