Goodな生活

経済学修士→環境コンサル→データサイエンス

コロナと結婚を機に東京から引っ越すことにした

昨年から今年にかけて、身の回りにいくつかの変化があった。結婚、東京から大阪への引っ越し、そして転職。これらの転機をもたらした一つの要因は、やはり新型コロナウイルスだ。予期せず訪れたコロナ禍という劇薬によって、住む場所や働き方について改めて考えさせられた。変化とは言ったものの、何かを成し遂げたり、誇れることをした訳ではない。しかし引っ越しや転職なんて人生でそう何回も体験するものでもない。なので当時の自分の心情の推移を忘れないうちに書き残しておこうと思う。

結婚と住む場所

昨年の春頃、結婚しようという話になった。ちょうどその時期が日本のコロナ禍の始まりだった。一昨年の冬から中国・武漢で新型のウイルスが蔓延を始めている。ついに我が国にも到来してしまったか。両家の実家への挨拶の日取りを調整しているうちに、徐々にメディアが騒ぎ始め、予約していた欧州行きの飛行機もキャンセルとなり、ついに緊急事態宣言が発動された。移動が憚られ、事が進まないまま時間が経ってしまった。

自分は東京住まい、妻は関西住まいだった。お互い勤務先の近くに部屋を借りていた。

結婚は平たく言えばただの事務手続きである。婚姻届に個人情報を記入し、押印するだけ。問題は住む場所だった。もっとも結婚と同居は同義ではない。知り合いには互いに海外駐在を続け、移動しながら家庭を営む夫婦もいる。でも自分にとってはそれが結婚生活と呼べるのかどうか、わからなかった。

妻は当初から東京に引っ越すのに前向きではなかったらしい。どうしても(私が東京に来て欲しい)と言うなら会社に掛け合ってみるという様子だった。妻の勤務先は関東にも支店がある。同僚の中には結婚等を機に関東へと転勤した人もいる。しかし会社に掛け合うにはタイミングが悪い。世間はコロナ禍と緊急事態宣言下。ただでさえ移動の自粛を要請される中、関西から東京への転勤を打診する部下に快くゴーサインは出せないだろう。

妻は友人や家族のいる関西に住みたいと言う。入籍はするけど別居婚か。それとも会社に掛け合ってもらえるかお願いするか。自分の住みたい場所はどこなのか。東京が好きなのか。理由をつけて東京にしがみついているだけではないのか。例年よりも静かな東京でそんなことを考えていた。

東京に住まなくてもいいんじゃないか

昨年の5月頃、「もう東京に住まなくてもいいんじゃないか」と漠然と感じ始めた。テレワーク(在宅勤務)を知ったからである。もうさんざん手垢のついた言説ではあるけれど、やはり自分も働き方の変化を感じた。通勤電車、紙資料の印刷、取引先への移動、会議室の予約などなど。同じ空間でなければ仕事はできない、そんな幻想が打ち崩された瞬間だった。東京の本社機能を分散する企業の取り組みや、地方移住を始めたサラリーマンなどのニュースを多く目にした。時代は変わり、もう元には戻らないという確信があった。

山口周氏は『仮想空間シフト』の中で、ホワイトカラーの仕事を情報の製造業に例える。情報を共有するためのツールが普及した現代、人という製造設備を移動させることの奇妙さを提起している。

ホワイトカラーの仕事というのは情報の製造業ですよね。脳みそという工場から、さまざまなアイデアであったり理論であったりというのを製造する。(中略)他の会社の人と打ち合わせをするために品川から新宿に移動する、という働き方というのは「資材がある場所までわざわざ工場を移転させて生産活動をする」ということになるんですよ。


出勤という行為は、製造設備を一点に集中させた方が効率的だという考えによっては正当化されるだろう。同じ空間にいることで効率的に情報を共有できるからである。組織の監視体制やガバナンスを強化するにも有効かもしれない。しかしそれらを差し置いても、なぜ自分が毎日通勤しているのかが分からなくなった。これだけインターネットや通信ツールが普及しているのに。

同居できない理由が出勤、つまり毎日会社に行くという働き方ならば、その働き方を変えれば済む話である。私が関西に引っ越せばいい。積極的に住みたくない場所に相手を呼ぶのも気が引ける。そんな新生活は楽しくないだろう。実際にテレワークで仕事ができているのなら、これ以上通勤のために東京に住む必要はないのではないか。できない理由よりどうやったらできるかを考えよう。

テレワークできない、だったら転職しよう

緊急事態宣言が明けた途端、両家への挨拶を済ませた。そして7月に入籍した。大阪に2人で住むことを決めた。妻に東京に来てもらうのはやめた。自分が関西に引っ越し、必要に応じて東京に出社すればいい。ここまで決まれば後は行動である。まずは直属の上司に相談することにした。

認めてもらえるかどうか全く予想がつかなかった。まともに相手にしてもらえないかもしれない。しかし勝算がなかった訳ではない。ここ何か月の間、物理的に会社にいなくても仕事ができたではないか。電話で会議はできるし、メールはもちろん、新たにチャットツールを使う場面も増えた。チャットツールの導入には嬉しい副作用があり、口頭ではなく、文字(テキスト)でやり取りする分コミュニケーションが洗練された気がする。その場の空気やお茶を濁すようなつまり解釈に多義性のある言い回しや仕草が記録されず、客観的な情報が記録される。同じ空間、同じ時間を共有せずとも、確認や意思決定を行える。このような非同期型のコミュニケーションによって、時間が有効に使えるようになった。確かに自分の出社頻度が下がった分、出社している同僚に負担がかかっているのではないかとい後ろめたさもあった。同時に、アフターコロナの働き方にいち早く対応した点は評価されるのではないかとも能天気ながら思っていた。

上司には結婚の報告と併せて、大阪への引っ越しと恒常的なテレワークの可否を相談した。さほど時間を置かず返答が得られた。結果は認められないというものだった。理由は大きく2つ。まず関西に居住する場合、官公庁や東京に本社がある取引先から呼び出されたときにすぐに対応できないから。いくらオンラインでの打合せが主流化しつつあるとはいえ、オフラインでの仕事や事務手続きはなくならない。そこまで人員に余裕がある訳ではなく、社員一人が恒常的に出社・訪問できない状態にあるのは望ましくはない。もう1点は、私に会社を説得できるだけの能力や実績がなかったから。非常に少数ではあるものの、同じ会社には関西に居住しつつ稀に東京に出社する先輩もいた。私はそういった先輩のの話を同僚伝手に聞き、先行事例として引き合いに出しながら上司への説得を試みた。しかしその先輩と私との違いが、会社にとって必要不可欠な社員かどうかという決定的な差だった。今の自分には突出した実績もなく、自分個人を指名して仕事を発注してくれる顧客もいない。関西に住むという特例を認めるに足る社員ではない。これが自分の能力と実績だった。

何も反論できなかった。どちらもごくリーズナブルだ。関西でのテレワークを禁じる規則がある訳ではない。規則とはあくまで原則論であり、運用方法は現場の判断に委ねられる。現場の判断によって、自分は関西でテレワークができないということが分かった。

寿司屋の大将に聞いた話である。弟子を首してあげる優しさが必要だと。30歳までに板前の素質がない弟子には引導を渡すらしい。味覚が敏感ではない人、手先が器用でない人は良い寿司は握れない。もっとレベルの低い店に移るか、業種を変えるか。30歳を過ぎても1人前になれない板前は食べてはいけない。厳しさではなくやさしさだと言う。向いていないことを愚直に継続することは美学でもなんでもない。諦めが肝心であり、転身できるタイミングを逃さないうちに、評価を下してあげる。

卑下した言い方になってしまうかもしれないが、自分ごときが辞めても会社は痛くも痒くもない。引き留めるに足らない社員だった。そんなことずっと分かっていたような気もする。仮に自分が職場のエースだったらどうだろう。エースが家庭の事情を理由に関西に住みたいという。会社だって辞められるよりかはいくらか譲歩して、なんとしても自社に留めておくのではないだろうか。まあそんな女々しいことを言っても仕方がない。自分が3年あまり働いてきた評価だ。今更その評価を変えることはできない。将来もことも分からない。このままこの会社で働き続けても芽が出るかどうかは分からない。転身できるうちにしておいた方がいい。そんなメッセージではなかったのかと今振り返って思う。

こうやって自分は3年半働いた会社を辞めることにした。

参考

仮想空間シフト

仮想空間シフト