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ESG取組は財務パフォーマンスを高めるのか①-2,000件以上の基礎研究のメタ分析-

何度も何度も引用されているのを目にした、ESG基準と財務パフォーマンスに関するメタ分析論文。ちゃんと原文を読んでみました。

よくある疑問と常套句

最近は日経新聞でも『ESG投資』のニュースがよく取り上げられます。例えば、銀行が投融資の指針にESG情報を取り入れたり、石炭火力発電事業等環境負荷の大きい事業からの資金を引き揚げる等の指針を表明しています。投融資のルールの改正や指針の表明だけではなく、ある企業の株価低迷の理由が化石燃料と関連の強い事業への依存度だと考えられたり、カーボンリサイクルや電気自動車(EV)事業へのシフトを表明した企業の株価が反発した等、ESG情報と財務パフォーマンスは、より直接的に関連するものだと認知されるようになってきています。

ESGとは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)の略です。有価証券報告書等に登場する財務情報の対義語として、非財務情報とも呼ばれます。ESG投資はこれらの要素を評価し、投融資の判断に組み込むことを指します。私は00年代に広がったCSR活動の発展形だと聞くとしっくりきます。いずれにせよ、企業の環境や気候変動リスクへの取組が、株式市場や投融資家の行動に影響を及ぼすようになってきているのです。

投資というからには実際にお金が動いています。ESG取組を評価する基準・指標は格付け会社や評価機関によって様々なものが開発されており、銀行や年金基金等の機関投資家はそれらの基準・指標を用いて投融資の判断や資産運用を進めています。ですがここで毎回出てくるのが「会社がESG取組頑張ると金銭的リターンはあるの?」という疑問です。私の知る限り、このクエスチョンに対しては学界からも実務界からもコンセンサスは出ておらず、「まあ相関はあるけど因果関係があるかどうかは分からないよね」という決まり文句が何年も使われ続けているのではないでしょうか。

この「相関はある」という言説の一つの根拠になっているのが、2015年に出されたメタ分析論文です。よく「2,000本以上の先行研究のサーベイ~」と紹介されているのを目にします。かくいう私も、この論文を読んだことがないまま「まあ相関はあるでしょう」と話してきたので、今回改めて読んでみることにしました。

「相関」の所在(Friede et al. (2015))

Friede, Gunnar and Busch, Timo and Bassen, Alexander, ESG and Financial Performance: Aggregated Evidence from More than 2000 Empirical Studies (October 22, 2015). Journal of Sustainable Finance & Investment, Volume 5, Issue 4, p. 210-233, 2015, DOI: 10.1080/20430795.2015.1118917, Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=2699610

この論文では、ESG基準(criteria)と財務パフォーマンスの関係(ESG-CFP relation)に関する60件のレビュー論文(計3,718件の基礎研究)の結果を集計しています。レビュー論文は2種類の方法で集められました。一つ目は、票数カウント(vote-count study)の35のレビュー論文(基礎研究1,816件)、次にメタ分析(meta-analysis)の25のレビュー論文(基礎研究1,902件)。両者に重複する基礎研究を除外すると、2,200件になります。票数カウントでは、ESG基準と財務パフォーマンスとの間の関係が「ポジティブ」「ネガティブ」「中立」のどれに該当するのかをカウントするだけ、なのに対し、メタ分析ではESG基準と財務パフォーマンスとの間の相関関係の大きさも計算されました。

基礎研究に占める、ESG基準と財務パフォーマンス間の「ポジティブ」「ネガティブ」の比率を表したのが下のグラフです。確かに「ポジティブ」の比率が票数カウント、メタ分析でそれぞれ47.9%、62.6%であるのに対し、「ネガティブ」の比率はどちらも10%を切っています。

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G.Friede(2015)Figure2

この結果から、ESG基準と財務パフォーマンスの関係が「ネガティブ」な研究は全体の10%以下⇒つまり90%以上は「ネガティブ」ではない(非負)⇒ESG基準と財務パフォーマンスにはおおむね正の相関がある、と解釈されているのだと思います。

問題のスコープ

このメタ分析論文では、ESGと財務パフォーマンスの関係について次のような切り口での分析も行っています。

例えば4つ目の「時間的安定性」とは、投資市場の学習効果仮説を検証するものです。下のグラフでは、分析のために集計した論文の出版年を横軸に、ESGと財務パフォーマンスの相関係数を縦軸にとっています。

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G.Friede(2015)Figure8

市場が効率的だと仮定すると、投資戦略におけるESG意識が高まるにつれ、ESG-α(ESG投資による超過収益)は低下します。つまり時間とともにESGと財務パフォーマンス(CFP)の相関関係のばらつきが小さくなる、という仮説です。興味深い仮説ではありますが、相関係数の分布が経年で縮小している傾向は示されず、仮説は正しいとは検証できませんでした。

言葉の定義と一般性

ここまでESG基準と財務パフォーマンス(CFP)の関係と書いてきましたが、論文ではこれらの言葉はどのように定義されているのでしょうか。

財務パフォーマンス(CFP)については、

  • 会計ベースのパフォーマンス(簿価)
  • 市場ベースのパフォーマンス(時価
  • オペレーショナル・パフォーマンス
  • 認知的パフォーマンス
  • グロースメトリクス
  • リスク指標
  • ESGポートフォリオのパフォーマンス

と非常に多岐に渡り、具体的に何の指標なのか分からないものもあります。

ESG基準(ESG criteria)については論文に明確な定義は書かれていません。先行研究の内容を元に、EとSとGに分類したとあります。例えば同じEの中にも、エネルギーの使用量やCO2の排出量、廃棄物量、廃水の汚染度合い等、異なる指標が混在しているということです。環境規制の形で目標や水準が整備されていた環境(E)に比べると、SやGは定量化の難しい側面のある要素であり、基礎研究によっては全く異なる指標を採用している可能性もあります。

現にESG格付け機関の評価項目や基準等は毎年更新し続けているため、ESG基準というものを何か絶対的な水準に対する進捗のように捉えるのではなく、あくまで当該年度での相対評価だと捉えるのがよいのではないでしょうか。これは見方を変えれば、企業のESG取組が完全に市場に織り込まれない限り(投融資家がESG-αを追求し続ける限り)、ESG基準は可変的なものだと考えた方が自然だと思います。評価や指標はあくまで当該年度における他社との比較を行うためのものだからです。

ESG評価の難しさ

最後に、方法論的観点からESG評価の難しさについて説明します。日本を代表するESG投資家である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が毎年ESG活動報告を刊行しています。平成29年度の活動報告では、ESG評価の課題について以下4点が挙げられています。

www.gpif.go.jp

  • ESG評価のタイミングの問題
  • ESG評価基準の改定の問題
  • 集計ベースのESG評価を比較する際の問題
  • 絶対評価相対評価の違いの問題

1点目の「タイミング」は、ESG基準と財務パフォーマンスの両方に関する論点です。ESG投資は、投資の中でもデイトレーディングではなく長期運用の世界の話です。したがって企業のESG取組を評価する投融資家は、1社ごとの取組内容をこまめにチェックしている訳ではなく、格付け機関の評価結果を代わりに使っています。格付け機関は対象企業の公開情報や、独自に質問票等を送付してESG取組内容を把握し、採点を行い、その結果を半年や1年ごとに発表します。企業の情報公開や、格付け機関の情報収集のタイミングによっては、1年以上前の情報を基に「直近のESG格付け」が評価されてしまう可能性があります

また、長期運用を前提とした場合に、どの程度長期間の財務パフォーマンスを分析対象とすべきかも重要な論点です。例えば、ある格付け機関によるESG評価と、株価との間に一時的な負の相関が発生しても、長期間にわたって株価の推移を観察すると、単なる誤差だったと結論できるかもしれません。株価という指標が、企業の価値や持続性等を表せていないと考えることもできます。少なくとも上場していなかったり、自力で資金調達ができる企業にとっては"ESG投資家"の力は必要ではないでしょう。

ESG投資は今後さらに拡大を続けると思われます。どのような問いを設定すべきか、問いに向き合うために適切な方法は何か、私なりに引き続き考えたいと思います。読んでいただいてありがとうございました。

参考

メタ分析における相関係数の効果量を理解するのに参考にしました。