Goodな生活

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環境エネルギー分野のシンクタンク職員による統計学や計量経済学のメモ、読んだ本、たまに登山や音楽の話。

経験したことしか語れない-アンパンマンと機関車トーマス-

先日、出先で時間が空いたので『きかんしゃトーマス』展を訪れた。原作の絵本の挿絵や、人形劇の撮影に使われた小道具等が展示されていた。トーマスの作者が英国の牧師さんであり、息子のために書いた物語だと、初めて知った。

牧師さんの息子は病気がちだったため、家で過ごすことが多かったらしい。病に伏せる息子を楽しませようと、その牧師さんは家の近くを走る鉄道を主人公にしたお話(当時はトーマスではなかったらしい)を作り、読み聞かせたらしい。その後、息子が病気を克服し、もう一度機関車の物語を作ってほしいとお願いしたため、牧師さんが作ったのが、きかんしゃトーマスの物語だった。

外に遊びに行けない息子がなんとか楽しい時間を過ごせるように、と思いのこもった作品だと分かった。同時に、物語の作者は自分が経験したことしか語れないのだなあとも思った。

思い出したのはアンパンマンである。とても有名な話ではあるが、アンパンマンは原作者のやなせたかしさんが第二次世界大戦時に中国に出征し、争いや飢えの経験から描いたもの。物語の根底には、善と悪の二面性や、どちらにも食べ物は大切(飢える人を助けるのは絶対的な規範)だという作者の経験から得られた真理がある。二面性というのは、パンを発酵させるためにはイースト菌が必要で、世の中のバイキンマンがいなくなるとパン達も困る。彼らは争っているように見えるものの、光と影は一体で、どちらか片方を裁くことはできない。勧善懲悪の対比が明瞭すぎるアメコミ的な世界観は、これと比べるとバーチャルに思える。そして善悪関係なく、貧しい人を助けるのは共通の規範だと。

どちらが良い悪いではなく、トーマスもアンパンマンも、作者が実際に経験したことしか語られていない。例えば、トーマスは工業製品であるためか、自分の部品(車輪やベアリング)を誰かにあげることはないし、自分の燃料である石炭に関してエネルギー需給に関する示唆が得られるわけでもない。作品の対象はあくまで子供で、外に出られない子供の想像力をいかに掻き立て、楽しんでもらうかに作者の考えの重心が置かれている。一方アンパンマンは子供や大人は関係なく、作者が戦争と飢えの経験から気づいた世界の真理を伝えるための一つのメディアにすぎない気がする。もちろん丸くてかわいいけど。

だったら名作を生むために戦争や辛いことを経験した方がよいのか、という考えも一瞬頭をよぎるけれど、それも違う気がする。あえて苦労を買うことには意味はないと思う。ただし、月並みだけれど多少リスクをとって色々経験した方が、やっぱり語れることが多い人生になるはず。あくまで量は。質は知らない。トーマス展を後にして、とりあえず、自分の見聞きしたことをどんどん切り売りするような生き方をしたい、と思った。