Goodな生活

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【読書】砂の女

砂の女 (新潮文庫)

砂の女 (新潮文庫)

きっかけ

先輩に勧められたもの。
安部公房は高校生のときの現代文の教科書で読んだ「赤い繭」以来。

メモ

砂の不毛は、ふつう考えられているように、単なる乾燥のせいではなく、その絶えざる流動によって、いかなる生物をも、一切受け付けようとしない点にあるらしいのだ。年中しがみついていることばかりを強要し続ける、この現実のうっとうしさとくらべて、なんという違いだろう。たしかに、砂は、生存には適していない。しかし、定着が、生存にとって、絶対不可欠なものかどうか。定着に固執しようとするからこそ、あのいとわしい競争もはじまるのではなかろうか?もし、定着をやめて、砂の流動に身をまかせてしまえば、もはや競争もありえないはずである。現に、沙漠にも花が咲き、虫やけものが住んでいる。強い適用能力を利用して、競争圏外に逃れた生き物たちだ。

砂のがわに立てば、形あるものは、すべて虚しい。確実なのは、ただ、一切の形を否定する砂の流動だけである。

人生に、よりどころがあるという教育の仕方には、どうも疑問でならないんですがね・・・つまり、無いものをですね、あるように思いこませる、幻想教育ですよ。だから砂が固体でありながら、流体力学的な性質を多分にそなえている、その点に非常に興味を感じるんですがね・・・けっきょく世界は砂みたいなものじゃないか・・・砂ってやつは、静止している状態じゃ、なかなかその本質はつかめない・・・砂が流動しているのではなく、実は流動そのものが砂だという・・・

あの穴の生活と、この風景とを、対立させて考えなければならない理由はどこにもない。美しい風景が、人間に寛容である必要など、どこにもありはしないのだ。けっきょく、砂を定着の拒絶だと考えた、おれの出発点に、さして狂いはなかったことになる。1/8m.mの流動・・・状態がそのまま存在である世界・・・この美しさは、とりもなおさず、死の領土に属するものなのだ。

感想

社会的な地位や名誉や、本来流動的であるものにすがる、楔を打とうと腐心する人間を皮肉している。

作者は定住社会について鋭い問いを投げかける。狩猟採集の暮らしを捨て、農耕民族として「定住」することが競争を生む。食料供給を安定させるための試みがかえって逃れられない競争へと人間を引きずりおろしてしまう。『暇と退屈の倫理学』では、暇や退屈の起源は定住生活の開始による余剰時間の現れと述べられていた。余暇があるために、競争が生まれ、富の格差が広がる。

競争がデフォルトである社会に生まれると、そこに定着するために色んな仕組みにしがみつく。住所、職業、学校、会社、資格。そこには始原的な意味での「適応能力」はすでにない。安定に多大なコストを支払う人間のそばを、執着心のない軽やかな人間が通り越してゆく、そんな絵が浮かび上がる。